このブログのタイトル、「自分らしい生き方を知る」ですが、
なぜ自分らしい生き方が分かりにくいのか、、、?
なぜ算命学など占いを頼りたくなるのか、、、?
お釈迦さまによると(よらなくても笑)、誰も自分の事は見えません。
鏡で見ても反対にしか映らないし、見えたとしても2次元でしか見えないし、
自分のことは、幽体離脱でもしない限り(できたとしても離れてるし笑)
絶対に絶対に見えない!
だから、皆んな、自分がどんな生き方をしたら良いのかよく分からないのかもしれません。
お釈迦さまの言葉で、「他人の過ちは簡単に見えるが、自分のものは見えない。他人の過ちは籾殻の様に吹き散らすけれど、自分の過ちは狡猾な賭博師がサイコロの目を誤魔化すように隠してしまう。」(ダンマパダ 252)
というものがあります。
これは人間というか、全ての生き物に与えられたハンデというか、バグなんだそうです。
自分の事は見えないけど、他人の事はよく観察できる。
皆んな自分の事は可愛いので、自分より劣るところが見える人間のことは
悪く言ったり、それが見える事によって優越感に浸ったりして。
また、自分よりマシな人間がいると不機嫌になって、
そうとは認識せず、そんな哀れな自分を救うために神社仏閣やパワースポット、幸福グッズに走るんだそうです。
自分の事は見えないから、相手の反応でしか自分を判断できない。
でもそれでは不確定すぎて、余計自分が分からなくなってしまうことも。
だから、算命学や占いなどで自分の特性について知りたいと思う気持ちが湧くのかもしれません。
何を隠そう、私もそれが理由で算命学の勉強を始めたので。
でもそんな占いに頼らなくても自分について知ることが出来るとしたら?!
お金もかからず、他のリソースを頼らず、自分を知ることって出来ます。
それは、ヴィパッサナー瞑想をすること。
ヴィパッサナー瞑想とは、知っている人も沢山いると思うけれど、
南伝仏教のお坊さんたちが歩いたり座ったりしながらしている瞑想方法で、
マインドフルネスもそこから来ているそうです。
最近ではアメリカでも、ヴィパッサナーとは言わないけれど、
マインドフルネスとして心理療法で使われています。
ヴィパッサナーではただただ、自分の感覚を実況中継して頭の中を忙しくして、
思考をストップさせます。頭に自然と入ってくるノイズを徹底的にシャットアウトします。
私たち一般人は、いつもダラダラと思考を流しているのが普通なので、
始めたばかりだと難しいのだけれど、
慣れてくると、特定の思考が繰り返し湧いてくるのに気がついて、
もしそれに向き合うことが出来ると、潜在的に思っている不満は全部、
自分の慢心から来ている事に気付き始めます。
例えば、、、
「あの時、あの人にあんな事を言われた」←もっと自分に優しくしろ!
「あの時、また別の人にこんな事をされた」←もっと自分に親切にしろ!
「自分はこんな辛い思いをした」←私はもっと大切に扱われるべき!
「自分はこれだけの我慢をしてきた」←私は絶対に正しい!
「自分にはハンデがある」←悪いのはそのハンデで「私」ではない。
などなど、いかに自分が自己中心的で、自惚れていて、他人を見下そうとして、
責任から逃れたくて、相手に尊敬されたくて、好かれたくてしょうがないのか?
そんな思いが誰でも露わになってきます。間違いなく悟っていない人全員!笑
でも、もし、今の状況や人生を変えたかったら、本当の自分に向き合って
自分の性格と行動を直すしかない。
本当の自分てどうなの?・・・それは、自分が一番よく知っているはず。
そしてもし、それを自覚して、自分の思考を変える努力を始めるなら
自分の性格や運勢は必然的に良くなっていくだろうし、何より、
生きるための必死さが抜けて、リラックスした本当の幸福感が出てきます。
敢えて本当の自分を確かめる勇気のある人は、是非、ヴィパッサナー瞑想をお勧めします!
Youtubeでもヴィパッサナー瞑想入門としてやり方が紹介されています。