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自分の資質を知ることが出来る算命学鑑定士 詠子のブログ

算命学に興味のある方、運勢や宿命という言葉が気になる方向けに、私が算命学の勉強から学んだ処世術を発信したいと思っています。最後の1日まで自分らしく精いっぱい楽しく生きたい方、是非読者になってください♡

私が算命学を始めた本当の理由 〜 その5

大手のフランスの証券会社と、イギリス資本の個人向け投資会社、

ちょうど立ち上げだったこともあり、色々見えて勉強になるかと、小さい会社の方を選んでしまいました。

 

そして働き始めてすぐ、合法な会社ではない事に気付きました。

イギリス資本などではなく香港ベースの投資会社で、去年騒がれていたオフショア、タックスヘイブンで資産保全のためのペーパーカンパニーを作ろう!っていう会社でした。

お給料も、ボーナスも全部キャッシュ。
怪し過ぎですが、すぐに決心ができず、半年ほど勤めました。

 

再び就職活動をして、忘れもしない、節分ぎりぎり前の時期に、

大きな外資の銀行から、とてもいいオファーが来たのですが、

ちょっと金融に懲りたので、美術系のやりたい事を探そうと、欲を出して見送ってしまったのが運の尽き。


その年の節分を過ぎたら、まったく仕事が見つからなくなってしまいました。

ほぼ3ヶ月くらいプラプラして、取り敢えず知人の紹介で就職。

 

それが最低な職場で、毎日、上司同士が怒鳴り合いの喧嘩。

学歴コンプレックスでもある上司たちから、陰湿な嫌がらせを受けて

それでも、紹介してくれた人の顔に泥を塗る訳にもいかず、

3年くらいはしょうがない、、、と結果を出せるよう明るく頑張っていました。

そしたらいつの間にか鬱病になり、処方された薬が合わずに毎日吐いて

危うく中央線に気持ちよく吸い込まされそうに。

あの電車がホームにはいって来る時の「ファーン!」って警告音が

凄く気持ちよく、何かの合図に聞こえて。

本当に疲れて「楽になりたい」と思って自殺を試みる人の心理がわかった瞬間、、、。

自殺を試みるも何も「あぁ、楽になれる」って衝動的に動いちゃうだけなんですよね、多分。

 

半年くらいそんな状態でしたが、

よくお世話になっていた地元の接骨医の先生から「治してあげるからおいで」

と連絡が来て、診てもらいました。

そしたらなぜか一発で頭がスッキリして治ってしまい、薬も病院も必要なくなりました。

 

正気に戻ったら、勤めていた会社の上司のあまりの下らなさに辞める決心がつきました。

既に3年以上経っていたので、自分の事を認めて貰おうと頑張るよりも、ケツまくって逃げる事も大切かと。

 

そこを辞めてからは疲れのあまり、正社員はできないと判断、派遣社員として就職。

派遣先はとても良い職場環境でしたが、「次の更新で!」と

正社員採用を匂わされながら、更新の時期が来ると「なかなかそうも行かなくて、、、」と。

低いお給料で2年以上、飼い殺し状態でした。

 

派遣て、時給1,600円とかでも、手取りで年収は220万くらい。

そんなお給料で東京に一人暮らしなんて絶対無理なんです。

お洋服も買えず、外食もお蕎麦屋さんばかり。結婚しないとやっていけない、と思いました。

派遣時代、唯一良かったことは今のダーリンに知り合ったことかも?

 

彼と付き合いだした頃、大学時代の親友の紹介で、

やっとまともな会社(アメリカ法事務弁護士事務所)に勤めることができました。

3年の交際の後、彼とも結婚する事になり、

ちょうどその頃お仕事も、上司の引き立てでアメリカの大手の銀行の役員秘書に。

素晴らしい環境とお給料の職場に変わり、理想の人生になったと思っていました。

 

いいお仕事に就けて、結婚もできて、漸く子どもができる!

、、、、と思っていたものの、1年、2年、3年たっても

一向に子が出来ない。

 

夫婦ともにどこも問題ないのに、、、。

 

、、、続く。

私が算命学を始めた本当の理由 〜その4

イギリス生活も3年目には、英語もだいぶ上達して、

友達も増えて楽しくなって来ました。

朝から家か学校の図書館で、文献を読んではまとめ、

夕方からは大学内のパブで友人と夜までお喋り。という楽しい生活でした。

 

ロンドン大学で学生をしていてすごく良かったことは、

世界中から集まってきた、優秀な人や面白い人と知り合えてお友達になれたこと。

 

アフリカのどこかの国の王子とか、聞いたこともないような国の

重要人物の子供で亡命中だとか、いつも袈裟を着ているインドの高僧とか、

イギリス人でも色々な国に住んだ経験があるので何ヶ国語も話せたり、

親に倣って、世界を舞台に働きたい、と考えているグローバルな人が沢山いました。


私には彼らの様な背景はないけれど、いつもマイナスから始まっていた環境で

なんとか挽回しながら世界を広げていくことが出来たので

「誰でも、モチベーションとやる気があれば、必ず世界が開ける。

そしてその先には見たことのない素晴らしい景色が待っている!」

という事がわかりました。

大切なのはモチベーション。

 

もし子供の頃から、こんな世界があると教えてもらっていたら、

たとえ不遇な環境にあっても、振り回されずに自分の夢を追いかけられたのにな〜。

もし、自分に子供が出来たら、自分の見た世界までは連れて行ってあげられるから、

子供心を上手に導いて、この先の世界を見せて欲しいな〜、国連とかで働いて欲しいな〜♡

と思う様になっていました。

 

さて、帰国が決まった頃、妹のように可愛がってくれたイギリス人の友人が、

「自分はいつか死ぬ。だから自分の人生の最大の目的は

世の中を良くする事ができる良い子を育てて命を繋ぐこと。」

と、なんかの拍子に言っていて、その言葉に電撃が走りました。

 

何故かその時、「私の目的もそうだった!早く結婚して良い子を育てるぞ!」

と、思ってしまい、意気揚々と帰国しました。

 


帰国後は、暫く実家に戻り家事手伝い(当時はよくあった)をしながら婚活をする事に。

 

ところが、良いご縁に全然恵まれず、田舎ですることもゴルフくらいしかないので、とにかくつまらない!

 

周りの勧めで市役所の教育委員会に少し勤めましたが、自分には公務員が向いていないとわかり、

英語を生かすお仕事をしたいと、取り敢えず東京で就職活動。

 

やっと、フランスの大手証券会社と、小さなイギリス資本の個人向け投資会社から

オファーを頂いたのですが、選択を誤り、とんだ羽目に。

 


、、、続く。

 

私が算命学を始めた本当の理由 〜その3


小さい頃から憧れていた外国に住むという夢は叶ったものの、

私が行きたかったのはアメリカ。でも当時、アメリカの日本人留学生が

銃に撃たれて殺されるニュースが立て続けにあって、親からの猛反対を受け、

イギリスへ行く事になりました。

 

英語圏だから同じだろうと思っていたらブリティッシュアクセントの英語は全く分からず。

アメリカでは少しは通じていたのに、イギリスでは全く通じない。

しかも人によってまるきりアクセントが違うし。

(階級社会なので、クラスによって喋り方が違うのね。)


そして当時イギリスは雇用率が最低で不景気の真っ只中。

なので外国人は自分たちの職を奪おうとしている憎い相手。

外国人に冷たく、天気も人も暗いし、歩いているだけで野次飛ばされたり、

とってもアウェイな感じでした。


ロンドンでは色々な国の人がコミュニティを作って生活しているので、

たとえ外国人に見えてもみんな英語がフツーに話せます。

英語をまともに話せないと「英語もまともに話せないのか?」という顔をされて

相手にさえしてもらえない。

 

日本人てテキトーな英語、平気で使っちゃうけど、イギリスの一定の階級の人は

まともな英語が話せない人は「教養もなく頭が悪い」と判断します。

よく日本の文化人がイギリスで講演会していて(大江健三郎とか)英語でスピーチしていたのだけど、

変な英語だと「この程度か」って思われます。

 

さて、現地の友達もなかなかできず、近寄ってくるイギリス人は気持ち悪い日本マニアみたいな人で、

全然楽しくない外国生活が始まりました。


当時通っていた学校はサザビーズというオークションハウスの教育機関で、

アンティークや装飾様式の歴史について学ぶのですが(授業料を払えば誰でも入れる)

授業の半分は美術館で行うので、美術館好きにはたまらない♡


ただ、英語が上手に喋れないから、友達は他の英語が喋れない日本人。

なんと、広い世界まで来て、付き合うのは性格の悪い日本のおばちゃん?!

感じの良い日本人友達も出来ましたが、なかなかの曲者で

私の住んでいたアパートの契約を不動産屋との間で勝手に書き換えていて

自分の家から追い出されたことも。(この頃から人を見る目がダイブ付いて来ました♡)

 

1年してロンドン大学のソアス学院に入れる事になりましたが、家がないので

暫くB&Bや友人宅に転がり込んだり、次のアパートを探すのに必死でした。

そして漸く落ち着き、さあ、心機一転頑張るぞ!と思ったのも束の間、

引っ越したばかりの家に空き巣に入られ、テレビから電話、パスポートなども全て盗まれ

家もバレてるし、怖くて寝られない日々が続きました。


また、学校に行っても、英語ができないから授業についていけず、

フツーなら1年で済むところ、2年かけて修了するコースに変更する事になりましたが、

2年のビザがないと変更できない!

一度ビザを取ると、切れるまでは変更出来ないので、

イミグレ(出入国管理) へ行って交渉?しなければなりませんでした。

空き巣の件での警察やイミグレのビザ更新のやり取り、再度の引越しなど、

全〜部自分で対処して毎日吐きそうになっていたけど、でもこの時、英語が一番上達したかな。

 

こんな苦労、今だったら屁でもありませんが、海外ってどんなに素敵なんだろう♡と

夢を膨らましていた、何の後ろ盾もない22、3の世間知らずの子にとっては結構大変で、、、。


せっかく広い世界に来たのに、また違う苦労をして、

山のあなたの空遠く、、、」って詩は、よく言ったものだ、と何度も感心したのを覚えています。


食うには困らないものの、精神的には毎日苦しくて、辛くて、寂しくて、

毎晩、枕を濡らす自分の涙に、どんなに癒されたか分かりません。

 

、、、続く。

私が算命学を始めた本当の理由 〜 その2

私の人生や人生観がひっくり返るくらい大きな事。

それは子供が出来なかった事。

 

留学から帰国した頃からなんとなく自分がこの世に生まれた理由は

「良い子を産んで立派に育てること。世界をちょっとだけ良いところに出来る、社会に役立つ子を育てること」

と思うところがあり、勝手にそう信じていました。

 

私には良い子を世に輩出できる自信があったのです。

なので、子供が出来ない = 生き方が分からなくなった、でした。

生きる目的を失う事ほどがっかりな事って、多分この世にないんです。


でもなんでそんな「良い子を育てたい」と思うようなってしまったのか、、、

それは幼少期からそう思い始めるまでの体験を抜きに話せないので、その事をちょっと書きます。

 

自分が小さい頃、酷いイジメにあって5年生になるくらいまでほぼ毎日泣いて帰っていました。

学校から家まで2キロ近くあった通学路。

行きは置いていかれるので、一人でまだましだったのだけど

帰り道がつらいのなんのって。畑の真ん中の一本道で隠れようがない。

下校時間にいじめられるのが嫌でいつも走って帰っていました。

でもいじめっ子達は3月生まれの私より体が大きくて、足も速くて追いつかれちゃうんだよね。

で、チビとか、バカ、とか言われて、ちょっと仲良くしてもらって気を許したら

騙されて酷い仕打ちを受けたり、せっかく仲良くなった子との仲を割かれたり。


小学校高学年で街中の学校に引っ越すまでこれが続きました。

で、転校したら、ありがたいことに良い友達ができて、漸くマトモな小学生生活。

 

それまでのイジメの思わぬ副産物が、校内マラソン、ダントツ早くて毎年1位だったこと!笑った。


高校では年の離れた姉が札付きの問題児だったので、(お姉さん、これ読んでたらゴメン💧)

当時を覚えている先生から白い目で見られ、バッシングを受けて学校が嫌いになり、

遅刻・早退を繰り返し、成績はクラスでいつもビリから3番目。

でも親の名誉のためにも、汚名を挽回したくて密かに受験勉強を塾で頑張ってました。

当時は受験一発で内申書とか関係なかったので、こういうことが出来たのです。

 

それで大学に合格したら、何故か高校時代の友達が一気に居なくなった。

一緒にサボってばかりいたから、出し抜かれたのかと思ったのかな?

 

どんな素敵な大学なんだろう?と入学したら、当時は浪人生や帰国子女で年上ばっかり。

現役は2割くらい。

「お前、現役で入ってさ、多分、一生の運使い果たしたよ」と言う感じ悪い人が一人ならずいて、

慶応に入ったのがそんなに嬉しいのか?ってくらい偉そうにカッコつけてる人も多く、

合コンでは大学名聞かれて言うと、男子が近寄ってこなくて。

別に何か勉強したくて行ったわけじゃなかったからつまらなくてしょうがなかった。

 

良い大学に入ればレールが敷かれていると思っていたので、

でも実際はそんなもの敷かれておらず、次の目的を失ってしまって

何をしたら良いかわからなかった。感じ悪い年上ばかりの灰色の大学生生活。

でもそんな中で、凄くいい友人ができました。今でも1番の親友です。

夏休みや冬休みを使って、彼女とアメリカやヨーロッパを一緒に旅行しました。

彼女に会うために大学に行ったと言っても過言ではない、出会いでした。

 

さて、4年生になると、就職活動も将来のことが全く見えず、取り敢えずまだ社会には出られない、と判断。

大学院に残ろうと。でも見事に大学院試験に落ちたので、外国に憧れていた事もあり、ついに留学。

 

小さい頃から憧れていた外国に住むと言う、夢は叶ったものの、これがまた大変で、、、

 

 

、、、長くなったので明日に続きます。

 

私が算命学を勉強し始めた本当の理由 〜 その1

「人生は山あり谷ありで、向き不向きや才能もあるけれど、
本気で努力すれば、助けてくれる人が必ず現れて、成就出来ないことはない!」

と40歳くらいまでずっと信じていました。

それまでなんとなく全てのことが思い通りに行っていたのです。

小・中学校の時は運動神経あんまり良くなかったけど、マラソン大会で何度も1位を取ったり、

あんまりお勉強しなかったのに、ラストスパートで地元の進学校に入学して、

さほど優秀ではないのに慶応大学に現役で合格出来たり、

外国に憧れていたのだけどロンドン大学の大学院に順調に進学できて、修士号を習得して。

就職にはなかなか恵まれず転職を何度もしたけど、最後に勤めた仕事は大手の外銀の役員秘書で、社会音痴だった私が、30代前半には年収1千万以上貰えるまでに。

いつも実力以上の事が叶って来ていました。

25歳が結婚適齢期だった私の世代では、遅咲きながら30歳で理想の彼に出逢い、33歳で結婚しました。人生はまあまあ順調。

でも一つだけどうしても叶わない事があって、私の人生設計がひっくり返りました。

私の人生や人生観がひっくり返るくらい大きな事。

それは子供が出来ない事でした。


、、、続く。

「引き寄せ」って誰にでも出来るの?答えは、、、

巷で長い事流行っている「引き寄せ」。

The Secretとかゼロポイントフィールドとか、色々ありますが、

「引き寄せ」って誰にでも出来るの?!答えはNO!です。

 

引き寄せは、何か自分で決意して、それを恰も既に叶ったようなイメトレをしたり、マインドボードを作って、繰り返し見ることで潜在意識に落とし込んだりするわけですが、それが上手に早く出来る人、全く出来ない人、がいます。実は誰でも出来るわけではないのです。

算命学では引き寄せの出来る人と出来ない人が一発ではっきりきっぱり分かります。

 

引き寄せが出来るから凄い、そうじゃないからダメ、という事ではなく、運勢的な傾向が分かるので、引き寄せが出来ない人は無駄な努力をせず、上手にそれを生かすこともできます。

 

さて、引き寄せが出来ないってどういうこと?って話ですが、

引き寄せが出来ない人の分かりやすい例が、スケートの真央ちゃんや、スキーの高梨沙羅

ちゃんです。優秀で良い成績を普段から残しているのに、オリンピックとか大舞台になるとあまり活躍できないですよね。

その事実だけで、宿命を見なくても、「ああ、この人は引き寄せが出来ないあのタイプだな」というのが分かります。そして誕生日から宿命を見ると「やっぱりね、、、」と。

 

なので、そういう方が「引き寄せの法則」とかやっていても、引き寄せられないのですが、でももっと簡単に楽ちんに運勢を良くなる方法をその方たちは持っています。

 

それは、、、なんと、「引き寄せないこと!」です。現実的な結果を意識しない。

ただ楽しくて、とか、先々のことを色々画策せずに、与えられた環境で全力を尽くす。そうすると自ずと結果が付いてきてしまう。わざわざ何かをイメージしなくても見たこともない素晴らしい景色に導かれてしまう、気が付いたらこんなところまで(勝手に?)昇り詰めていた!というお得な生き方です。

 

逆に、そんな楽しんでいるだけでは全然結果が付いてこない宿命の人もいます。

ちゃんと目的地(成功のイメージ)を決めて、それに向かって色々計画して着々とこなしていく。そういう方は、バンバン引き寄せをしていかないと、逆にどこにも行きつかない人生になってしまいます。

 

そんな宿命の傾向を知るだけでも、生き方がずっと楽になりそうですよね♪

自分の事はそこそこ分かっても例えばお子さんの事とか、それを知っているだけで随分扱い方も変わってきて、その子にあった子育て方法を知ることができます。

 

引き寄せが出来るか出来ないかは、シンプルにすぐ分かるので、お茶会なのでお知らせしていこうと思っています♡

調舒星を持つ人に注意!

十大主星の中で何を考えているかわからない星 ナンバー1の調舒星(ちょうじょせい)。


思考パターンが点から点なので、話がぴょんぴょん飛ぶため、話していると「んん?なんで今その話?」「 意味がわからない」「何の話?」「はあ〜?」ということになります。
 
一方、話している方は、なんで話しに追て来れないのか不思議に感じます。「もしかしてこの人、頭が弱いのかな?鈍いのかな?」と。(そしてかなりの確率で相手にもそう思われています♡)
 
私もこの星を持っていて、仲良い(話の通じる)友人は皆んな調舒星を持っています。調舒星同士では、何故か話が通じ無いという事はありません。
 
以前よく自分の話が伝わりにくくてイライラする事が多かったのですが、算命学のおかげで「あぁ、この人調舒星無いから順を追って話さないと通じないんだ、、、」と気をつける様になりました。笑
 
そして調舒星を持つ人は、感受性が強く、神経質で繊細。つまり傷付きやすいのです。想像力豊かで一人の時間が大好きなのもこの星の特徴です。(会話の途中で何処か遠くへ行ってしまっている表情をしている人がいたら、多分この星を持っています。)
 
え?なんで調舒星を持つ人に注意なの?と思うかもしれませんが、実はこの星を持つ人、すご〜く根に持つタイプなのです。
過去のどうでも良い様な、でも屈辱的だった出来事(というよりその主犯者)の事は決して忘れません。
そして一度でも嫌な経験を味合わされた人は絶対忘れない執念深さも持っている様です。
 
でもこの星単体では、人を傷つけたり陥れようとす事は余り無いと思います。ただ嫌うだけで。
 
この調舒星。鳳閣星(ほうかくせい)と並んで、以前書いた五本能の中の伝達本能の星、伝えること、つまり芸術家の星。
文字、声や歌であったり、絵画や映像、写真など。成功している芸能人や芸術家はどちらかの星を必ず持っている様です。
 
神経質で感受性が強く傷つきやすいからこそ、繊細な表現も出来る様ですが、もし身近にこの人がいるなら、かなり傷付きやすく執念深いので、取扱いに気をつけた方が無難です。